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STANFORD GSB留学記
西海岸のエスタブリッシュメントの中で過ごし得る知見や身の回りで起こる出来事を読者と共有していきたい。授業内容、クラブ活動、シリコンバレーのコミュニティー、等盛り沢山の内容を掲載します。
受講者の声
海外MBA留学準備で父親の様にお世話になった木下さんや同世代で非常に近い視点で指導して頂いた田山さんが経営するFUTURE EDUCATION CENTER(FEC)のホームページが最近一新された。

でもって、本日、”受講生の声”と言うことで僕の今までの体験がFECのホームページで紹介された。後輩の方に向けたメッセージだが役に立てばよいと思う。僕も今までは先輩方が残してくれた文章を読み留学前の心構えや合格した後に待っている地獄のような勉強漬けの日々を学んだ。やっと、恩返し出来る立場になってうれしい。

http://www.mba-fec.jp/blog/2007/06/2007kk.html


原稿は5月始めに作成したものだが、本日、採用してもらえる連絡が来た。この頃、自分が作成したHPやらブログで文章は載せるが他の方が作成したHPに自分の文章が掲載されるのは初めて。

なんか幸せな気分になった。

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GE 藤森さん
(2007/05/28 01:05)
本日(と言っても27日でしたが)現在、日本ゼネラル・エレクトリック株式会社代表取締役会長を勤めている藤森義明さんのスピーチを生で聞く機会があった。

あのジャック・ウェルチに見込まれて、日本人で初めてGE本社の副社長に抜擢された素晴らしい人です。先週、GE AviationのDirectorの方と夕食を一緒にしましたが、”藤森さんは雲の上の人だよ。日本人として誇りに思える方だ”と言っていた。

藤森さんのスピーチで思い出深い言葉は;

- Humbleでありhungryであれ!
- 壁を作るな。常に挑戦し続ける姿勢を忘れるな!
- 国際人となれ!
- 恥を恐れるな!(勇気を持って踏み出す一歩)

だった。一番驚いたのは藤森さんの人柄。あれだけの偉い方なのに何故か非常に近い存在と感じた。

幼い頃、母親がよく言っていた言葉を思い出した。。。”実るほど頭を垂れる稲穂かなぁ。。。”   確かにこの頃と言うか当分の間全く忘れていた姿勢だ。。。反省。
アリス 矢沢透
(2007/05/24 13:54)
昨日、留学祝いで、カウンセリングの先生から六本木の飯屋に招待を受けた。オーナーがアリスの矢沢透だった。どうやら、カウンセリングの先生は以前京都で料理屋をやっていたらしく、その際に、芸能人の客が多かったとか。。。。

矢沢透と意気投合して”東京に飯屋を作ろう”との事で六本木の飯屋が出来たとか。。。毎日9時くらいから矢沢さんもお店に出てるらしい。矢沢さんは、お客さんの席を廻り楽しく会話をして”ワキアイアイ”な雰囲気だった。兎に角、串がうまかった。

僕より10歳くらい年上の方にしてみれば、元アリスのメンバーと食事が出来るなんて、たまらないんだろうなぁ~と思った。

結局、幾らするのか分かりませんが安くはなさそうだった(笑)
一ドル50セントの重さ
(2007/05/09 18:42)
本日の午前中にオリエンテーションが終わり、お昼にセットしていた代替エネルギークラブに所属するMBA2年生とのミィーティングも終えて、午後がカポッと空いた。学生に近くの駅まで車で送ってもらってサンフランシスコをぶらつく事にした。アルパルトから40分くらい電車に乗ったが、たったの5ドル。驚きの値段だった。この時、財布に2ドルしかない事に気付いた。

サンフランシスコに到着して、直ちにお金をおろした。全て20ドル札。

それから地下鉄に乗る為に(異なる)駅へと向かった。地図を見ても全く分からない。。。地球の歩き方にも地下鉄の詳細な説明無し。。。困っていると横からジャージ姿のおじさん。何故かきつい香水の匂い。”どうした?”とおじさん。”ユニオンスクエアに行きたい”と言うと、”あぁ~ダメダメ。路線電車に乗らなければ”と言いながら”俺について来い”と地上まで上がり路線電車乗り場まで連れて行ってくれた。但し、到着するなり、そのおっさん ”ごめん、俺、金に困っているんだ。助けてくれるかなぁ?”の一言。仕方なく2ドルを渡した。

悲劇はそれから。。。

電車に乗るなり、”1ドル50セントだぜぇ”と運転手のおっさんが言う。”えっ、20ドル札しかないんで、両替してください” おっさん”両替機は無いから次だね”  僕”えっ、次の電車に乗るの?”(後ろから声がザワザワ)
おっさん”あぁ~、いいから乗って座って座って。後で払えよぉ”

路面電車に乗った状態で両替機が無い電車なのにどうやって後で払うんだろう?と思いながら電車に揺られつつ数分がたった。

”これ、どうぞ” 20チョッとすぎの若者、多分香港か台湾から来ている学生らしき人間が僕に1ドル50セントを恵んでくれた。すかさず20ドルを払おうとした。が、横には可愛い彼女が座って笑顔で”いいですよ”との一言。

結局、メールアドレスを教えて”連絡してください”と言った。もし、メールが来たら飲みに誘おう! そう決意した、感無量の一日でした。

サンフランシスコ、大好きになりました♪

アルパルトにパブリックのバスで夕方戻り、夕飯を食べに町まで。夕食を終えてホテルに戻り携帯電話が無くなった事に気付いた。多分、あの人ごみの中で。。。。携帯に電話するも不通。。。多分、あの携帯は既に闇市場に出回っているのだろう。。。

旅するときは気をつけないと。。。。優雅な出張になれているだけに、個人旅行での海外の安全性に関して考えさせられた日でも有りました。反省、反省。。。
人類が与える地球へのダメージ
(2007/05/05 01:23)
昨日、飛行機の中から地球を見た。とてつもなく大きい。人、もしくは人が作り上げた代物が故に、本当に地球の環境に影響を与えるのか疑問視するほど大きい。。。。

2013年以降のCO2削減の枠組みは非常に気になる。先進国であるアメリカ、又、発展途上国として位置づけられるインド、中国がどう反応するか、ヨーロッパ連合の出方。。。非常に気になる。更に気になるのは日本のポジションがヨーロッパ側?アメリカ側?のどちらかだ。

Kaneto

QOT
世界のGDP3%でCO2大幅削減可能、国連部会が報告書 【バンコク=森太】国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第3作業部会は4日、バンコクでの総会で、地球温暖化を止める対策をまとめた第4次評価報告書を採択して閉幕した。
dart2("ad2.yomiuri.daikou/science","",10000000000000);  報告書では、費用をかけさえすれば、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量は大幅に減らせると指摘。最も厳しい削減シナリオを採った場合、削減コストは2030年の世界の国内総生産(GDP)の最大3%に相当すると予測した。
 報告書は、CO2に換算した温室効果ガス1トン当たり20ドルの削減費用をかければ、2030年には90億~180億トン、100ドルなら160 億~310億トンの削減が可能だとしている。世界の温室効果ガス排出量は現在、森林伐採によるCO2吸収量の減少分も含めてCO2換算で年460億トン。 これが、何の対策も取らなければ2030年には537億~817億トンになると予測した。
 対策にかかるコストは、現在380ppmの大気中のCO2濃度を、445~535ppmで安定化させるという最も厳しい削減シナリオを取った場 合、世界のGDPは2030年に最大3%、50年に最大5・5%小さくなると予測するなど、三つの濃度パターンでGDP縮小幅を示した。
 今回の報告書が、温暖化は止められるというメッセージと、そのための対策やコストを選択肢として示したことは、今後本格化する2013年以降の国際的な削減の枠組みとなる「ポスト京都議定書」の交渉に大きな影響を与えそうだ。
2007年5月4日21時54分 読売新聞)
UNQOT
時間軸
(2007/04/27 14:27)
忙しいときには時間があっという間に過ぎ去っていく。
でも、暇なときは時間がたつのが遅く感じる。。。

例えば、スポーツとかに熱中していると”えっ、もう前半お終い。。”とかありますね。ものすごく集中してやる作業には予想以上に時間を要していたりする。。。反対に、19時からデートだったりすると、15時過ぎた辺りから”あの時計ぶっ壊れているのでは。。”と思うくらい時計が止まって見える。落ち込んでいるときに夕日が海に沈むのが永遠に無いのではと思う事とか。。。

実際に、人生とか仕事とか趣味の世界で感じる時間軸は、”経験”と”(知覚)経過時間”が反比例しているように思える。経験が濃い場合には時間までもそこに集約されるので明確に記憶として残っている。又、経験の薄い、つまり何もやっていない状態だと薄っぺらいので”記憶にございません”状態となる。

つい最近、GREEを通じて中学生時代の同級生からコンタクトが有った。元々、これが目的で小学校とか中学校の情報を開示していたので、作戦通りですが、いざコンタクトあるとワクワクした。と言うより”ドキドキ”しました。正直、高校から私立の男子校でかなり熱い関係がつくれたものの(未だにベタベタしているが)、中学までの友人は疎遠となっている。同窓会とかも無いし、住んでいる場所、住んでいる世界(ビジネス環境?)も異なるので。。。。中学受験に失敗して地元の区立の中学校に通った際の人ですが、過ごした時間が濃いだけに覚えている事も多い。次々と脳裏によぎりました、思い出が♪ その頃の自分を思い出すと20年前の自分とは考えにくい。。。逆に考えれば完全に”おっさん”となっている自分に気がついた(笑)

3次元の世界に生きる我々には4次元を想定しにくいが、タイムマシーンって上記のような”記憶の世界”では成り立っている気がする。最近見た”デジャブ”の映画でも”過去”と”現在”、”未来”のスイッチがエッセンスとなっていたが、鮮烈に色と形が脳裏に浮かんでくる。幼い頃から記憶力が人一倍ある人間なので、(香水の)匂いとか、声とか、音とか、で色々な思い出が脳裏に浮かぶ事が多いがGREE(活字)にもその様な効果がある事を再認識した。

もしタイムマシーンを持てたらどの時代のどの世界に行きたくなるのだろうか。。。想像を膨らませる、そして(いまだに”時差ぼけ”の抜けない昼休みでした。
体内時計
(2007/04/24 13:16)
英国に到着してから既に3回寝ましたが、全て早朝の4時に目が覚めてしまう。。。こちらの早朝の4時は、日本時間でお昼くらい。と言う事は確実に仕事をやって食事をしている時間だ。体の時計は日本の時計と合っている様でもない。

実は日本に居るときに目が覚めるのがお昼と理解すれば良いのか?

となると完全に午前中は給料泥棒だなぁ。。。
戦艦大和
(2007/04/17 22:39)
本日、友人から下記URLアドレスを見るように進められた。

http://www.youtube.com/watch?v=IyC51BYiIqc

ブルネイの通信事情で途切れ途切れにしか映像が見れなかったが、この大和の映画を出張中の機内で見たことを思い出した。多分、半年くらい前の出来事です。

隣に座っていた20歳代の若い中国の女性が同じ映画をみながら大泣きしていた。中国本土の人ではなく華僑の方だと思いますが、”第二次世界大戦”と言う事では日本は中国の人に相当ひどいことをしたのに、その日本人の目から見た戦争映画を中国の人が涙しているのには、なかなか考え深いものがありました。

正直、同じ人間としてうれしかったし、このような惨事は絶対に繰り返してはいけないのだと強く思いました。戦争を商売とする人も居ると言うし、戦争で大もうけしているビジネスマンやら政治かも居ると聞きます。人間としてどうなんでしょうか?その様な形態にて稼いだお金で世界を動かすのはどうも納得がいかない。

大きな力に対抗出来る様に、地球の人々が笑って生活出来るように、是非とも その一助となりたいものです。

酒の持ち込み規制
(2007/04/16 03:35)
本日、シンガポール経由でブルネイ入りした。

ブルネイは、厳粛なイスラム教徒の国であり、同じイスラム教徒の国である隣国のマレーシアやらインドネシアと異なり持込できる酒の量が制限されている。以前より、ビールは12缶、それに加えてビン入り酒類は2本までとの制限があった。特に容量の制限は無いので、ビールは500ml のもの、ビン入りは一升瓶が我々の常識でした。出来る限り多くの酒を持ち込みたい、との願望からの知恵(?)でした。

過去には、我が社の記録として、5リットルビンの持込に成功した人が居ました。知っている人は知っていますが焼酎のビンでなくプラスチック容器に入った”大五朗”という焼酎です。その方は税関に止められた際に”容量は兎も角、1本は1本だろう!”との理屈で、通関に成功したそうです。

その常識が否定された悲惨な1日の話です。。。

つい最近、アルコール類の持込の取り締まりが強化されました。ブルネイ国内で持ち込んだ酒を違法に売買している業者への取締りが主原因だと聞いています。確かに、2週間前にブルネイ入りした際から ”ブルネイ国通関時の酒類持ち込み申請書”のフォームが変りました。前回は笑顔が認められたのか全く問題なく500ml缶12本、一升瓶の焼酎2瓶を持ち込みました。

が、今回は違った。。。通関にて”缶は330ml が12本、 ビン入りは2本で且つ最高2リットルまで。これは500mlのビールだから(単純計算で)8本までだぁ!”と言われた。”そんなのどこに書いてあるんだ!見せてみろ!”と怒鳴ったらオレンジ色の”ブルネイ国通関時の酒類持ち込み申請書”の裏を見せられた。確かに書いてある。。。。

結局、ビール4缶と一升瓶1本を没収された。”焼酎のアルコール度は30%だから2本合わせてアルコールの持ち込みは1リットルくらいだろう!2本持込を認めろ”との交渉には聞く耳も持ってくれなかった。確かに計算の苦手な東南アジアの人だったので、瞬時に掛け算の計算出来る相手でもないし、”アルコール度”との概念も酒を飲まない税関の人達はピンと来ないだろう。。。。

しかし、オレンジ色の紙に記載されたマレー語の文章を見ながら疑問が浮かんだ。 ”330ml ”の缶ビールなんて この世に存在するのだろうか?日本で一般に売っている小さい缶は350ml だった記憶が。。。

いずれにせよ、”郷に入っては郷に従え” 次回は350mlを持参して反応を見ながら再度交渉しなければならないのだろうか。。。。酒に飢えている駐在員達に買った貴重なお酒だけに悔しくて寝れない夜です。
渋滞の犯人
(2007/04/01 07:28)
かみさんは堀切の病院で土曜日だが仕事。そんでもって、留学の為の受験勉強が終わった僕は予定なしの土曜日。。。娘と一緒に世田谷の実家に遊びに行った。

昨日、勉強仲間で良い結果が出ている輩6人と朝3時まで銀座で飲んでいたこともあり酒臭い体(かみさんが朝起きてトイレの消臭スプレーを部屋中にまいていた)だったらしく、実家に到着後は娘を母親に預けて熟睡。4時間後に酒は完全に抜けた。

夕方の5時30分。かみさんが仕事も終わったらしく堀切でピックアップして夕食をどこかに食べに行く事に。ナビをセットして世田谷の実家を出て東京大横断の旅が始まった。何かがおかしい。。。。到着予定時間19:40 あぁ。。。。又、ナビがイカレタ。2時間も掛かるはずがない。 三軒茶屋から高速を使う予定だったが、高速入り口手前の交通情報掲示板によると首都高3号線は”真っ赤”、しかも竹橋を抜けて箱崎までも”真っ赤っか” いつもの通り下で行く事に決定。 何かがおかしい。。。。青山辺りでナビはしきりに高速道路に戻る指示を僕に出し続ける。 このナビ、買い換えなければ。。。。。

赤坂を抜ける辺りから、自分のおそかさを実感。。。。ライトアップされたピンク色の花、歩道には長蛇の列、そして、周りの車は乗り出すように空を仰いでいる。

日本人として 春を実感するうれしい週間。心ワクワクする季節。 是非とも、日本の国花には今週末の雨には耐えて来週も皆を楽しませて欲しい。

そう言えば、ロンドン在住の彼からメールが来ない。。。。

結局、堀切到着は20:00となった。浅草、隅田川の桜の名所を外しながらの帰路だったので時間が掛かった。夕飯は我が家の近所のすし屋で簡単に済ませた。いつもより 店が空いている気がした。多分、ライトアップされたピンク色の花を咲かせる木の下で美味しく食べたり、飲んだり、会話も弾んでいる事だろう。
東京のさくら開花宣言
(2007/03/25 15:53)
確か、先週ブルネイに居る際に誰かが”東京は今年の桜の開花宣言を昨日したよ。通常よりも1ヶ月近く早いねぇ~”と言っていた。

クアラルンプル経由でJAL夜行便での帰国となった。隣の席はマネージャークラスのロンドン在住のオーストラリア人だった。成田に着く寸前から窓を見ながらキョロキョロしていたので”富士山は見えたか?”と尋ねた。見れなかったようだ。それを皮切りに30分くらい話す。

石炭の炭鉱へ投資している企業のマネージャーだそうだ。どうやらカナダのバンクーバーに行く為に10時間くらい成田でトランジットの時間があり、どの様に時間を潰したらいいのか悩んでいた。

”君はすごいラッキーだねぇ~。つい数日前に東京が桜の開花宣言をした。是非とも皇居のお堀に行って桜を見ながら昼飯でも食べて、その足で、六本木ヒルズに行き、展望台から東京を眺めてくれ。ラッキーだったら富士山も見える。”と得意げに説明。 どうやら彼は”オダイバ~は?”とお台場に興味を持っている様子。”あぁ~、ダメダメ。あそこは夜行く所。今回は諦めろ”とピシャリと却下。 ”SAKURA"見物に話を集中させた。成田から箱崎までのバスも一緒で色々と話した。僕が4月末にロンドンへ私用で行くので、その際に夕飯でも食べようと言う事で箱崎で分かれた。

自宅に帰る為に、タクシーを拾って箱崎から隅田川沿いに高速を北へ飛ばしてもらった。そこで驚き。。。。。桜が咲いていない。。。かすかにというか一本の木に3つくらい なんとか咲いているがぁぁ~。目を疑った。。。  すかさず ”運転手さん、桜は未だですかねぇ~”と トボケテ 聞いてみる。”あぁ、あと1週間くらい掛かるんじゃないかねぇ~”との回答。。。心の中の自分に問質してみる”桜の開花宣言は桜が咲いているんだよねぇ~?” 帰ってから かみさんに聞いてみる”開花宣言したけど桜全然咲いてないねぇ~”と。。。

笑いながら、かなり冷静な回答 ”あぁ、なんか基準とされている桜の木があって、その木に桜が何個か咲いたら宣言してよいみたい。よって、東京の桜も満開までは、まだまだ時間が掛かるよ。” 凍りついた僕の心。。。親切に”東京の歩き方”を地図まで書いて教えてあげた一見優しい日本人を演出したそのシーンがモノトーンとなって消えていく。。。。。

飛行機の中であった彼は、今回が初の東京というか日本らしい。 しかも、たったの数時間しか東京の街を楽しめない境遇。 おそらく、今頃はバンクーバーに着いた頃だろう。バンクーバーは寒いらしい。今の時期だと3度くらいと言っていた。

彼が東京で、桜が見れずに、寒い思いをしていない事を望む。多分、皇居のお堀には梅とか、”そめよしの”では無い桜の花とか咲いていて彼は”おぉ~さ・く・らぁ~”とか勘違いして、はしゃいでいたかも。。。もしくは、お堀では花よりも建築物に興味を持って色々と撮影を楽しんだかも。。。もしくは、六本木ヒルズで家族にお土産とか買ってお堀での桜の事はあまり気にしていないかも。。。期待は膨らむが現実はそう旨くはいかない筈だ(汗)

彼から、多分、来週くらいにメールが来るので、来たら謝るつもりです。しかし、無知とは怖いものだと、この年になって痛感した本日でした。。。
最悪な一日
(2007/03/22 22:24)
今朝は5時に目が覚めた。どうも耳が非常に痛く、その痛みで起きたようだ。なぜか、疲れが溜まると中耳炎になる癖があり、半年前にも その為に死んでいたのだ。香港駐在時には耳から血が出て死ぬかと思った。その頃は中国の投資プロジェクトの交渉時で毎日2時間くらいしか寝れなかった。。。

今朝も 頭が割れるかと思うくらい痛かった。 午前中に 病院へ行き、診察をしてもらって、薬をもらい 今は、何とか今は痛みが和らいでいる。

今日の新しい発見は、ブルネイの病院のシステム。ブルネイ国の首都に近い所には、リパス病院という公営病院と、ジュルドン病院という私立病院がある。ナショナルスタッフに同行してもらっての診察となったが、”公営病院では、ブルネイ国民は無料だけど、あなたは外国人だから どちらへ行っても有料なの。ジュルドン病院の方が高いけど 費やす時間を考えたら絶対こっちよ”と言われ 有無を言う暇もなくジュルドン病院まで連行された。 患者が片手で数えるくらいしか居ない、非常に綺麗な病院だった。後で、ドライバーに聞いたらリパスへ行ったら 朝行っても帰ってくるのは夕方になるくらい猛烈に混んでいるらしい。あと、ローカルの医者ばかりで診察も非常にスローだとか。。。

診察が無料である事、ブルネイ国民はカロリーの高いものを食べ過ぎるので高血圧の患者が多い事が理由らしい。

ちなみに、ジュルドン病院の医者は殆どがシンガポールなど海外から来ている人が多く、非常に流暢な英語を話していた。見た感じ、病院スタッフも現地の人でないようだ。病室は南シナ海に面して非常に環境が良いが、噂通り、診察料はかなり高めの設定でした。又、心臓に関わる病に早急に対応出来る様に 新しいセンターがジュルドン病院に出来て今では海外からの医者が常駐で手術も可能だと。それまでは、急患でも 飛行機でわざわざシンガポールに行かなければならない状況だったと。

日本に居たら気付かない 病院の大切さを痛感した。 又、お金がなかったら命を諦めざるを得ない人も居るのだなと思った。高血圧であれば必ず心臓に負担が掛かる。。。。今、ブルネイで日本料理、特に寿司が流行ってきている理由も分かる気がする。
ビックリ番号
(2007/03/19 22:29)
週末に一時帰国予定である事もあり、東京の旅行代理店に電話をした。どうやら、丸紅担当の人は忙しいらしく他の女性が応対をしてくれ、担当者からコールバックのメッセージを残す事にした。こちらの電話番号を聞かれたので

”国番号は。。。”と始めると、電話の向こうで ”えっ、ビックリ番号ですか??”と聞き返された。どうも通信状態が悪いらしく そう聞こえたようだ。確かに、今年の1月に起きた台湾での地震で日本と東南アジアを結ぶ電話回線にダメージがあり通信状態が悪くなっているらしい。混線も凄く、日本から駐在員に電話したら、全然知らない人が出た事もあった。最悪なのは、僕が出張中に東京のアシスタントが僕の海外用の携帯に電話したら若い女性が出たとかで、かなり、その後怪しまれた。。。

しかし、幾ら音声が悪くても”ビックリ番号”って聞き違えるのかなぁ~。発音的に”KUNI BANGOU” と ”BIKKURI BANGOU" 確かに後者の”BI ”を抜かせば似ているかもしれない。でも 僕が述べていない ”BI ”を聞き取った旅行代理店の人も相当な楽しいキャラなのかと想像した。

早く、色々な意味での”ビックリ”やら”ドッキリ” を無くす為にも、BRUTEL(ブルネイの電話会社)には、この問題を解決してもらいたいものです。。。。
ブルネイ国でのマーケティング
(2007/03/19 08:56)
昨晩、色々とやる事が溜まっていたので夕食に出る時間が皆無。。。同国に出張中の先輩から旨いタイ料理屋へ誘われるもキャンセルせざるを得ない状況だった。仕方なく、ホテルに隣接しているモールのフード・コートで夕飯をテイクアウトした。

ブルネイはイスラム教の国で非常に厳粛。周辺国のマレーシアやインドネシアと比較すると非常に厳しい。よって、豚肉禁止、アルコール禁止。。。。 

そんな中で”たこ焼き”販売店を発見♪4つ入りでB$2ポッキリ(日本円で160円程度)さっそく オーダーしようと思ったが、たこ焼きの形に仰天!なんと、薬屋でもらう”カプセル”状の形。しかも、かなり口を大きく開けなければ1口で食べれないサイズ(汗) 店の主人と見られる女性に”僕日本人なんだけど、本当のたこ焼きは、もっとコンパクトで形は”球”だよ。どうやるか教えてあげようか?”と聞いてみた。最初ははずかしそうな顔をしていたが、”いやだわぁ~ あなた日本人? 知ってるわぁ、日本のたこ焼き。でも、ブルネイでは”これ”でないとダメ。球の形にすると ”ちっこいっ!!”て客から苦情が来たのよぉ。 だから、解決策は形が変でも量が多く見えるこの形になった訳なのよ。。。"  

状況を理解しないで”本来のたこ焼きの形”の説教をしてしまった自分に反省。。。

”郷に入っては郷に従え” どうやらたこ焼きの出身は日本ですが、海外ではこのようです。確かに、カリフォルニア・ロールを初めて見たときにも 日本の食文化が正しく海外に伝わっていない事で違和感を感じた。ただ、そのような”調整”要素が普及を手助けしているのであれば良いのだと思う。経済急成長時の日本、世界の工場である中国での製造業、確かにオリジナル通りで物事を処理せず、海外から輸入した文化やら製品を自分達のマーケット、自分達のクライアントの要望に合うように調整して発展してきている。思えば、世界に無数に存在する、自分達の文化をハード・パワーで押し付けるアメリカ出身の”マクドナルド”を見ても、確かに現地メニューは存在する。。。

ちいさな 変な形の たこ焼きが 色々と悩ませてくれた。味は100点満点で75点くらいでした。
人々の視点の違い
(2007/03/15 19:06)

ブルネイのプロジェクトのコンサルタントを訪れた。コンサルタントは、ブルネイ系中国人とマレーシア系インド人。 仕事の話をしながら、戦争の話などしてみた。

架橋であっても第二次世界大戦の際の日本を良く思っていない人が居る事を知った。インド人は海外・国内に因らず、日本に好感を持っているようです。詳しくは知らないが、日本がインドからイギリスを追い出してくれた事に敬意を表しているとの説明だった。

戦争で、誰が悪いのか、誰が良いのか、結局、戦勝の勝利に結びついているんだろうと思う。限られた地球に住むが故に起こる事なのだが。。。同じ地球人として、戦争の話が昔話となり、平和な日が訪れるのはいつだろう?と考えました。
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